この気持ちよさって何だろう
稲刈り→牧場→温泉の日、
身も心も、とても気持ちよかったんだけど、
その気持ちよさって、何だろうなぁ。
生態系がどうとかいう意識はしていないけど、
草をちぎって動物にあげて、
その動物からミルクをもらって、
アイスやパンにしてくれる人がいて、
自分たちがおいしくいただく。
そのわかりやすさが、気持ちいいんだろうな。
生き物の命の循環によって、
自分たちが生かされているということ。
それをダイレクトに味わう度に、
普段忘れている、その基本の基本の所を、思い出す。
そして、自分のこの命を大事に使わなきゃ、と真剣に思う。
また日常に戻ってしばらくすると忘れてしまうのだけれど。
そういう基本の所から、あまりにも遠く離れてしまうと、
心が病みやすくなるような気がするのは、
ちょっとセンチメンタルすぎるんだろうな。
当事者からは、「じゃあ、やってみな」っていう(^^;)。
自然の中で体を動かして、って言ったって、
炭坑で炭を掘り続けるのは病気になりそうだし、
牧場の冬の雨の日のウンコ掃除とかも大変だろうし、
魚群のご機嫌を伺って船を出す方法も知らないし、
我が家の小さな庭だけでも大変なのに、広い畑で虫取りなんて!
腰を痛めたりした日にゃ、食いっぱぐれるぞ。
やっぱり私は、普段、町なかでラクして、
ちょっといいものを買ってきて、エコな気分になったりして、
田舎のいいところばっかり見ている。
それじゃ、流行ものを追いかけているのと同じだな。
一歩踏み出すには、まず、自分のテリトリーでできることから。
私なら、生ゴミや畑の残滓を肥料にする、
種は取って来年も播く、など、
庭の一角の畑をできるだけ生かすこと。
今あるものを大事にして、消費型から愛用型にシフトしていくこと。
買い物は、生産者に投票する気持ちで選ぶこと。
必要最小限のものを生かして、工夫して暮らすこと。
などなど、身の回りに、いくらでもできることはある。
それって、私の中では「原発いらない」にもつながりそう。
今は、求めても想像してもない便利なものを目の前にチラつかされて、
なかば無意識に、次々にそれを手に入れて暮らしている。
使いこなすことが格好いいかのような錯覚もある。
「自分が欲しい便利はここまで」と意識して、
そのレベルで楽しく生きてます、というスタイルを、
それぞれの方法で実現する人が増えればいいんじゃないかな。
そして、その地に足の着いた気持ちよさ、
自分が本当に欲しいものを意識的に自分で選んでいる
という気持ちよさを、周りの人に伝えること。
そこで、「言葉」の出番なんだけど、
その「言葉」を生かすも殺すも、
裏付けとなる私自身の生きざま次第なんだな。
だから、やっぱし「生き様で示せばいいんです」なんだね。
と…遠い。気が遠くなるほど遠いわ。
ま、あまりストイックにならずに、あせらずに、
でも、今日から始めて、少しずつ、ね。
身も心も、とても気持ちよかったんだけど、
その気持ちよさって、何だろうなぁ。
生態系がどうとかいう意識はしていないけど、
草をちぎって動物にあげて、
その動物からミルクをもらって、
アイスやパンにしてくれる人がいて、
自分たちがおいしくいただく。
そのわかりやすさが、気持ちいいんだろうな。
生き物の命の循環によって、
自分たちが生かされているということ。
それをダイレクトに味わう度に、
普段忘れている、その基本の基本の所を、思い出す。
そして、自分のこの命を大事に使わなきゃ、と真剣に思う。
また日常に戻ってしばらくすると忘れてしまうのだけれど。
そういう基本の所から、あまりにも遠く離れてしまうと、
心が病みやすくなるような気がするのは、
ちょっとセンチメンタルすぎるんだろうな。
当事者からは、「じゃあ、やってみな」っていう(^^;)。
自然の中で体を動かして、って言ったって、
炭坑で炭を掘り続けるのは病気になりそうだし、
牧場の冬の雨の日のウンコ掃除とかも大変だろうし、
魚群のご機嫌を伺って船を出す方法も知らないし、
我が家の小さな庭だけでも大変なのに、広い畑で虫取りなんて!
腰を痛めたりした日にゃ、食いっぱぐれるぞ。
やっぱり私は、普段、町なかでラクして、
ちょっといいものを買ってきて、エコな気分になったりして、
田舎のいいところばっかり見ている。
それじゃ、流行ものを追いかけているのと同じだな。
一歩踏み出すには、まず、自分のテリトリーでできることから。
私なら、生ゴミや畑の残滓を肥料にする、
種は取って来年も播く、など、
庭の一角の畑をできるだけ生かすこと。
今あるものを大事にして、消費型から愛用型にシフトしていくこと。
買い物は、生産者に投票する気持ちで選ぶこと。
必要最小限のものを生かして、工夫して暮らすこと。
などなど、身の回りに、いくらでもできることはある。
それって、私の中では「原発いらない」にもつながりそう。
今は、求めても想像してもない便利なものを目の前にチラつかされて、
なかば無意識に、次々にそれを手に入れて暮らしている。
使いこなすことが格好いいかのような錯覚もある。
「自分が欲しい便利はここまで」と意識して、
そのレベルで楽しく生きてます、というスタイルを、
それぞれの方法で実現する人が増えればいいんじゃないかな。
そして、その地に足の着いた気持ちよさ、
自分が本当に欲しいものを意識的に自分で選んでいる
という気持ちよさを、周りの人に伝えること。
そこで、「言葉」の出番なんだけど、
その「言葉」を生かすも殺すも、
裏付けとなる私自身の生きざま次第なんだな。
だから、やっぱし「生き様で示せばいいんです」なんだね。
と…遠い。気が遠くなるほど遠いわ。
ま、あまりストイックにならずに、あせらずに、
でも、今日から始めて、少しずつ、ね。